kutuwada’s diary

日々のささやかな出来事を書いています

高尾山のパワースポット 不動院

高尾山の麓にひっそりと佇む「不動院」。登山客で賑わうケーブルカー清滝駅のすぐ近くにありながら、一歩足を踏み入れると驚くほどの静寂と厳かな空気に包まれる隠れたパワースポットの紹介です。

この不動院の境内で、古くから修行者や参拝客の信仰を集めてきた特別な存在をご存知でしょうか。それが「不動岩(不動石)」です。

今回は、高尾山の知られざる歴史と信仰の深さに触れられる「不動院の不動岩」をテーマに、その由来や不思議な伝承、そして実際に訪れた際の見どころまで、詳しくご紹介します。

1. 高尾山麓「不動院」とは?
まずは、不動岩が鎮座する「不動院」についてご紹介します。

高尾山といえば、山頂近くにある「高尾山薬王院(やくおういん)」が有名ですが、この不動院は薬王院の別院(あるいは深い関わりのある御堂)として麓に位置しています。京王線・高尾山口駅から川沿いを歩き、ケーブルカーの駅へ向かう途中の少し外れた場所にあります。祀られているのは、厄除けや諸願成就の仏様として名高い不動明王(ふどうみょうおう)。険しい表情で右手に剣、左手に縄(羂索)を持ち、背後に激しい炎を背負った姿は、私たちの迷いや煩悩を断ち切り、正しい道へ導いてくれるとされています。

登山前に旅の安全を祈る場所としても、下山後に無事を感謝する場所としても、古くから多くの人々に親しまれてきました。私は、高尾山に登る前には、必ずこの不動院の弘法大師様にお参りを済ませ登ります。

2. 信仰の象徴「不動岩(不動石)」とその伝承
不動院の境内に足を進めると、ひときわ存在感を放つ大きな岩(石)が目に飛び込んできます。これが今回の主役である「不動岩(不動石)」です。

この岩には、高尾山で古くから行われてきた山岳信仰や修験道(しゅげんどう)の厳格な教えを今に伝える、非常に興味深い伝承が残されています。

「罪の重さ」を測る試しの石
高尾山薬王院の古い記録(高尾山報など)によると、この不動岩はかつて、新客(初めて修行に入る初心者)が自らの心の状態を確かめるための「試し石」としての役割を持っていました。

修行の案内役である大先達(指導者)は、新客に対してこのように申し渡したと言われています。

「罪業(ざいごう)軽ければ 不動石と等分なり。罪業重ければ 不動石動かず。」

つまり、「あなたの心にある罪や穢れ(けがれ)が軽ければ、この不動岩を我が身と同じように持ち上げることができる。しかし、もし罪や悪業が重ければ、岩はびくとも動かないだろう」という意味です。

新客たちは、必死になってこの大きな不動岩を持ち上げようと試みました。しかし、当然ながら人間の力では容易に動かない巨石です。岩がピクリとも動かない様子を見て、修行者たちは「ああ、自分の心にはこれほどまでに重い罪業や傲慢さ、迷いが積み重なっていたのか」と深く自省し、己の未熟さを知ったと言われています。

単に筋力を試す力石(ちからいし)ではなく、「自分の内面(エゴや煩悩)の重さを自覚するための鏡」として、この岩は信仰されてきたのです。

3. なぜ「不動明王」の岩なのか?
不動明王の本質は「お不動様」という愛称の通り、「揺るぎなき心(不動心)」の象徴です。

どんな誘惑や恐怖にも動じず、衆生を救うという強い意志を持っています。そのお不動様の名前を冠した「不動岩」がびくとも動かないということは、神仏の智慧や大自然の摂理がいかに強固であるかを表しているようでもあります。

参拝者がこの岩に触れ、あるいは手を合わせることで、以下のような御利益があると言われています。

不動心の体得: 困難に出会ってもブレない強いメンタルを得る。

罪障消滅(ざいしょうしょうめつ): 己の悪しき習慣や過去の過ちを反省し、心をクリアにする。

足腰健全: 登山を支える強靭な足腰を祈願する。

4. 不動院と不動岩を訪れる際の見どころ・参拝マナー
高尾山麓の不動院を訪れる際は、ただ観光として眺めるだけでなく、以下のポイントを意識するとより深い体験ができます。

① 参拝の基本は「脱帽」から
登山中はどうしても帽子を被ったままになりがちですが、不動院の境内に一歩入る際、そして不動岩や御堂の前で手を合わせる際は、必ず帽子を脱ぎましょう。これは山の神仏に対する基本的な礼儀であり、己の傲慢さを脱ぎ捨てるという意味も含まれています。

② 不動岩に静かに手を合わせる
かつての修行者のように「持ち上げよう」と無理をする必要はありません(怪我の原因にもなります)。岩の前に立ち、その圧倒的な質感と重量感を感じながら、自分の心の中にある「手放したい迷いや悪習慣」をお不動様に預けるような気持ちで、静かに手を触れたり頭を下げたりしてみましょう。

③ 周辺の自然と静寂を味わう
清滝駅周辺の喧騒からわずか数十メートル外れるだけで、鳥の声や川のせせらぎが心地よく響く空間が広がっています。不動岩の周りに漂う澄んだ空気を感じながら、深呼吸をしてみてください。山に入る前の素晴らしいマインドフルネス(精神統一)の時間になります。

5. まとめ:高尾山登山の始まりに、己を見つめるひとときを
年間を通じて多くの登山客が訪れる高尾山ですが、その足元にある「不動院」と「不動岩」の存在を知る人は、全体のごく一部かもしれません。

しかし、この岩に秘められた「罪業の重さを知る」という伝承は、現代を生きる私たちにとっても非常に示唆に富んでいます。日々の忙しさの中で、私たちは知らず知らずのうちにストレスやエゴ、不満といった「心の重荷(罪業)」を溜め込んでしまいがちです。

高尾山に登る前に、ぜひ不動院の不動岩に立ち寄ってみてください。
びくとも動かないその佇まいに触れ、自らの心と向き合うことで、山登りの一歩がより軽やかで、意味のあるものに変わるはずです。

インフォメーション
場所: 高尾山麓 不動院(東京都八王子市高尾町)

アクセス: 京王線「高尾山口駅」から徒歩約5〜7分(ケーブルカー清滝駅の手前、案内川沿い近辺)

拝観料: 無料(境内自由)

アメリカ独立記念日のシークレット花火を楽しもう!

横田基地で毎年7月4日のアメリカ独立記念日(インディペンデンス・デイ)に合わせて打ち上げられる花火について、ブログ記事を作成しました。

【横田基地】アメリカ独立記念日(7月4日)のシークレット花火!基地の外から楽しむ穴場スポット&徹底攻略ガイド
こんにちは!毎年7月に入ると、いよいよ本格的な夏空が近づいてくるのを感じますよね。

日本の夏といえば「花火大会」ですが、実は東京の西側・多摩地域(福生市、瑞穂町、羽村市、立川市など)の住民にとって、「夏の一発目の花火」といえば、7月4日の夜に上がる「横田基地の独立記念日花火」なんです。

「え?横田基地の中に入れるの?」
「一般の人でも見られるの?」
「いつ、どこから見るのがベスト?」

そんな疑問を抱えている方のために、今回は地元民おなじみの夏の風物詩、アメリカ独立記念日(4th of July)に横田基地内で打ち上げられる花火の魅力や、基地の外からきれいに見える穴場スポット、事前に知っておきたい注意点などを徹底的に解説します!

1. 横田基地の「独立記念日花火」とは?
そもそも、なぜ7月4日に横田基地で花火が上がるのでしょうか?

アメリカ最大のお祭り「独立記念日(4th of July)」
7月4日は、1776年にアメリカがイギリスからの独立を宣言した、アメリカ合衆国で最も重要とされる祝日「独立記念日(Independence Day)」です。
アメリカ本土では、この日は国中でバーベキューをしたり、パレードが行われたり、夜には夜空を埋め尽くすような大規模な花火が打ち上げられます。

日本国内にある在日米軍横田基地も、一歩中に入ればそこは「アメリカ合衆国」です。基地内に暮らす軍人やそのご家族(ミリタリーファミリー)にとって、この日は1年で最大級のイベント。彼らのお祝いのフィナーレとして打ち上げられるのが、この記念花火なのです。

「日米友好祭(フレンドシップ・フェスティバル)」の花火との違い
よく混同されがちですが、横田基地で上がる花火には大きく分けて2つの機会があります。

特徴    ① 独立記念日の花火    ② 日米友好祭の花火
開催時期    毎年7月4日当日(曜日に関わらず7/4)    毎年5月頃(土日の2日間)
基地への入場    原則、一般人は入場不可(※内部の招待者のみ)    一般開放あり(誰でも入場可能)
打ち上げ数    約1,300発    約1,000発弱(フィナーレとして)
屋台やイベント    なし(基地外の道路などのみ)    あり(基地内にアメリカン屋台が並ぶ)
5月に開催される「日米友好祭(フレンドシップ・フェスティバル)」は、基地の中に一般の人が入って戦闘機を見たり、アメリカンサイズのステーキやハンバーガーを食べたりできる超大型イベントです。

一方、今回ご紹介する7月4日の独立記念日花火は、基地の一般開放はありません。
基本的には「基地の中にいるアメリカの皆さんのためのお祝い」を、周りの地域住民が「外からお裾分けしてもらう」という、少し通なシークレット花火大会となっています。

2. 開催概要(日程・時間・打ち上げ数)
直近の開催実績および基本情報は以下の通りです。

開催日: 毎年7月4日(固定)

打ち上げ時間: 20:30頃 〜 21:00頃(約30分間)

打ち上げ場所: 横田基地内(飛行場東側付近・滑走路の近く)

打ち上げ数: 約1,300発

天候による影響: 雨天決行(ただし強風や雷雨などの荒天時は、米軍の判断により事前告知なく延期または中止になる場合があります)

日本の一般的な花火大会(数万発など)に比べると「1,300発」は小規模に感じるかもしれません。しかし、約30分という短い時間に凝縮されて次々に打ち上がるため、体感としては非常に見応えがあります!

3. 基地の外から見る!おすすめ観覧・穴場スポット
基地に入れないとなると、気になるのは「どこからきれいに見えるのか?」ですよね。
横田基地は周囲を広大な敷地に囲まれており、高い建物が少ないため、実は周辺の様々な場所から大迫力の花火を拝むことができます。地元民もよく足を運ぶおすすめスポットをご紹介します。

⚫️国道16号線(東京環状)沿い・第5ゲート(牛浜ゲート)周辺
もっとも迫力を求めるなら、基地の西側を走る「国道16号線(ベースサイドストリート)」沿いです。
特に、JR青梅線の牛浜駅から歩いてアクセスできる「第5ゲート(牛浜ゲート)」付近の歩道は、打ち上げ場所に近いため、遮るものがなく大迫力の音と光を体感できます。

メリット: とにかく近い!お腹に響く重低音と、頭上に広がる大きな花火が楽しめます。アメリカンな看板が並ぶ16号線の雰囲気も抜群です。

デメリット: 大変混雑します。歩道が人で埋まるため、立ち止まってじっくり見るというよりは、歩きながら、あるいは安全な場所を見つけて鑑賞する形になります。

⚫️周辺の商業施設の駐車場(ドン・キホーテなど)
新奥多摩街道や国道16号沿いにある大型商業施設の駐車場からもよく見えます。特に福生周辺のメガドンキなどは、地元民が花火の時間に合わせて集まる定番スポットになっています。

注意点: あくまで商業施設ですので、花火観覧のためだけの長時間の駐車や、買い物利用のない無断駐車は厳禁です。ルールとマナーを守り、お買い物ついでにサクッと鑑賞させてもらうスタンスを意識しましょう。

⚫️瑞穂町・羽村市側のひらけた場所(基地北側〜東側)
横田基地の滑走路は南北に伸びています。福生市側(西側)が最も有名ですが、北側の瑞穂町や羽村市、東側の武蔵村山市方向でも、畑や遮るもののない道路からは綺麗に見ることができます。車で近くまで移動し、遠目から静かに楽しみたいというローカルな方に愛されているエリアです。

⚫️独立記念日花火を120%楽しむための攻略法と注意点
日本の花火大会とは少し勝手が違うため、いくつかの「横田基地ならではの注意点」があります。お出かけ前にぜひチェックしておいてください。

車でのアクセスはNG!基本は電車・徒歩で
花火専用の臨時駐車場などは一切用意されません。また、国道16号線や周辺の道路は、花火の時間が近づくと「わき見運転」や「路上の送迎車」などで大渋滞が発生します。
警察による取り締まりも厳しくなるため、車でのアクセスは避け、以下の最寄り駅から徒歩で向かいましょう。

JR青梅線「牛浜駅」(第5ゲートまで徒歩約10分、混雑時はもう少しかかります)

JR青梅線「福生駅」(東口から国道16号方面へ徒歩約15〜20分)

JR八高線「東福生駅」(基地に一番近い駅ですが、電車の本数が少ないので時刻表に注意)

屋台は出ません!飲食は周辺のお店で
日本の一般的な花火大会のように、道路にズラリと露店(焼きそばやカキ氷など)が並ぶことはありません。
お祭り気分を味わいたい方は、国道16号線沿いにあるアメリカンなダイナーや、福生駅・牛浜駅周辺の居酒屋・コンビニなどで事前に買い出しをするか、食事を済ませてから向かうのがベストです。最近では、花火に合わせて店先でテイクアウトのハンバーガーやビールを販売する地元のお店も増えています。

トイレ事情に注意
基地の外での観覧となるため、仮設トイレなどは設置されません。駅や周辺のコンビニも大変混雑しますので、事前に必ずお手洗いを済ませておきましょう。

米軍基地周辺のルールを守る
基地のフェンス越しに見る場合、フェンスに過度に近づきすぎたり、物を立て掛けたり、ましてや敷地内にゴミを投げ入れたりすることは絶対にやめましょう。基地の周辺は警備が強化されています。マナーを守って、気持ちよく夜空を見上げたいですね。

5. まとめ:福生のアメリカンな夜を体験しよう!
日本の伝統的な花火大会も素敵ですが、アメリカの祝日をフェンスの向こう側から感じながら眺める「横田基地の独立記念日花火」は、日本にいながらにして海外のカルチャーを肌で感じられる、とてもユニークな体験です。

20時30分、カウントダウンとともに米軍基地の広大な敷地から打ち上がるメッセージ性の高い花火は、一見の価値あり。

梅雨のジメジメした空気を吹き飛ばし、本格的な夏の幕開けを告げてくれる横田基地の花火。ぜひ、大切な人やご友人と一緒に、福生の異国情緒あふれる街並みとともに楽しんでみてはいかがでしょうか?

それでは、Happy 4th of July! 素敵な夏の夜をお過ごしください!

 

続いて、次は地元の花火大会かな・・・

 

シカの衝突事故の要因と対策



八高線と青梅線においてシカ(ニホンジカ)との衝突事故が多発している背景には、「地理的・地形的要因」「シカの生態と行動習性」「周辺の環境変化」という3つの要素が複雑に絡み合っています。これらの路線が抱える固有の事情と、なぜシカがこれほどまでに線路へ引き寄せられ、そして衝突してしまうのか、その理由を多角的な視点から詳しく解説します。地理的・地形的要因:山々と都市を繋ぐ「生態系の境界線」八高線と青梅線が走るエリアは、関東平野の西端にあたり、奥多摩や秩父山地といった広大な山林地帯と、平野部の都市空間が交わる「移行帯(エコトーン)」に位置しています。これが最初の、そして最大の要因です。青梅線(特に青梅〜奥多摩間)の地形的特徴青梅線の青梅以西は、多摩川が削り出した深い谷筋(多摩川渓谷)に沿って走っています。険しい斜面と一体化した線路: 線路のすぐ脇まで山林の急斜面が迫っており、シカにとっては「山を下りたら目の前が線路だった」という状態です。移動ルートの制限: 谷底には多摩川、道路(青梅街道)、そして青梅線が並行して走っています。シカが水を飲みに川へ下りたり、対岸の山へ移動したりしようとすると、構造上どうしても線路を横切らざるを得ない地形になっています。八高線(特に高麗川〜高崎間)の地形的特徴八高線の非電化区間を中心とするエリアは、外秩父山地の東麓、つまりなだらかな丘陵地帯と盆地を縫うように走っています。広大な山林との隣接。秩父山系は関東でも有数のシカの生息地です。八高線はこの山林の裾野を南北に縦断しているため、山から平地(田畑)へ餌を求めて下りてくるシカの移動ルートと完全に交差しています。隠れ場所の多さ。沿線には切り通し(山を削った凹地)や藪が多く、シカが身を隠しながら線路のすぐ近くまで接近しやすい構造になっています。シカの生態的・行動的要因は、なぜ「線路」に執着するのかシカが単に山から下りてくるだけでなく、「わざわざ線路内に留まる明確な理由」が生物学的な研究から明らかになっています。「鉄分」への異常な執着(塩類欲求)草食動物であるシカは、植物からだけでは十分なミネラル(特に鉄分や塩分)を摂取できません。特にメスは妊娠・授乳期、オスは角が生え変わる時期に大量のミネラルを必要とします。レールを舐める行動。列車が走行すると、車輪とレールが激しく摩擦し、微細な「鉄粉」がレールの周囲に飛び散ります。また、レールそのものを舐めて鉄分を補給しようとします。学習能力: シカは非常に賢く、「あそこに行けば鉄分がある」と一度学習すると、フェンスのわずかな隙間を潜り抜けてでも、繰り返し線路内に侵入するようになります。夜行性と運行ダイヤのミスマッチニホンジカは本来、明け方や夕方、そして夜間に活発に活動します。警戒心の緩む時間帯: 人間の活動が静まり返る夜間から早朝にかけて、シカは大胆に線路内に侵入します。始発・最終列車との衝突: 青梅線や八高線の始発列車(視界が悪い時間帯)や、夜間の最終列車付近の時間帯は、ちょうどシカの活動ピークと重なるため、衝突のリスクが跳ね上がります。逃避行動の特性(線路から逃げない心理)シカは危険を感じた際、障害物のない開けた場所をまっすぐ走って逃げる習性があります。線路を「道」と認識する: 左右が急斜面やフェンス、生い茂る草むらに囲まれた線路は、シカにとって「走りやすい一本道」に見えてしまいます。列車に追従してしまう: 正面から列車が来たり、後ろから迫られたりした際、左右の藪に飛び込めば助かるものを、パニックを起こして線路に沿って前方へ逃げようとするため、結果的に追いつかれて衝突してしまいます。周辺の環境変化と社会的要因近年、特に衝突事故が増加傾向にある背景には、奥多摩・秩父地域の環境の変化も影響しています。 個体数の急増と生息域の拡大温暖化による冬場の積雪減少や、天敵(オオカミなど)の不在、さらに狩猟者の高齢化と減少により、関東山地に生息するニホンジカの個体数は右肩上がりに増えています。山林のキャパシティを超えたシカたちが、餌や塩分を求めて、より人間の生活圏(線路沿い)へと進出してきているのです。 猟期における「逃げ込み場所」冬の狩猟シーズンになると、ハンターや猟犬に追われたシカたちが、危険を避けて山の上から人間の生活圏に近い斜面へと下りてきます。鉄道の敷地内は当然ながら発砲禁止区域であるため、結果的にシカにとっての安全地帯(駆け込み寺)のようになってしまい、線路周辺の密度が高まります。 鉄道会社による現在の対策JR東日本をはじめとする鉄道会社も、手をこまねいているわけではありません。八高線や青梅線では、シカとの衝突を防ぐために様々なアプローチが試みられています。対策の種類具体的な内容と効果侵入防止フェンスの設置線路脇にネットや柵を設置。ただし、地形が険しい場所では設置が難しく、シカが下を掘って侵入することもあるため万能ではない。忌避音・警戒音の放射列車から「シカの警戒声」や「天敵の鳴き声」をスピーカーで流し、線路から遠ざける試み。誘鹿材(ゆうろくざい)の配置線路から離れた山林内に、シカの好むミネラルや鉄分を含んだブロックを設置し、線路に近づく前に満足させる「おとり」作戦。まとめ八高線と青梅線でシカの衝突が多いのは、「山と街の境界線」というシカがアプローチしやすい地理的条件に加え、「鉄分補給」というシカの生物学的な欲求を満たす場所が線路であるという、自然と人工物の不都合なマッチングが原因です。これに近年のシカの個体数増加が拍車をかけており、現在も野生動物の保護と安全運行の間で、知恵比べのような対策が続けられています。

不思議な歴史ロマン:高安寺の地獄世界と奪衣婆

東京都府中市に佇む、歴史の薫り高い名刹「高安寺(こうあんじ)」。

室町幕府の初代将軍・足利尊氏や、源義経・武蔵坊弁慶といった歴史上の英雄たちにゆかりのあるこのお寺ですが、実は知る人ぞ知る「隠れた閻魔大王(えんまだいおう)と地獄の世界の聖地」でもあることをご存じでしょうか。今回は、府中の歴史の縮図とも言える高安寺の魅力と、そこに鎮座する閻魔大王、そして山門の裏側に潜む「地獄のファーストレディ」こと奪衣婆(だつえば)の謎について、紹介するブログ記事をお届けします。

高安寺の地図
そもそも「高安寺」ってどんなお寺?

まずは、高安寺が持つ凄まじい歴史的背景から紐解いていきましょう。東京都府中市片町に位置する高安寺は、一歩境内に足を踏み入れると、周囲の都会的な喧騒が嘘のように消え去る、緑豊かで荘厳な空気に包まれています。

足利尊氏がひらいた「武蔵国安国寺」
高安寺のルーツは非常に古く、平安時代に平将門を討ち取った伝説の武将・藤原秀郷(ふじわらのひでさと)の館跡だったと伝えられています。

その後、室町幕府をひらいた足利尊氏が、日本全国の戦没者を弔い、国の平和を祈るために各令制国に一つずつ建立した「安国寺(あんこくじ)」のうち、武蔵国の安国寺として再興したのがこの高安寺です。

名前の由来

「高安寺」という名前は、足利尊氏の改名前の名前である「高氏(たかうじ)」に由来していると言われています。

お寺のランク: 全盛期には塔頭(たっちゅう:広大な敷地内にある支えのお寺)が10院、末寺が75院もある、関東屈指の大伽藍(大きな寺院)でした。

現在の建物(本堂、山門、鐘楼、観音堂)は、江戸時代から明治時代にかけて再建されたもので、そのすべてが「東京都選定歴史的建造物」に指定されているという、まさに歩く歴史博物館のような場所なのです。

山門

本堂

時の鐘
 
 門の裏に潜む衝撃!高安寺の「閻魔大王」と「奪衣婆」

高安寺を訪れた人が最も衝撃を受けるのが、参拝者を最初に出迎える巨大な「山門(楼門)」です。明治5年(1872年)に完成したこの山門は、彫刻が実に見事なのですが、注目すべきはその「表と裏」に安置されている仏像たちです。表の仁王、裏の「奪衣婆」「地蔵菩薩」通常の山門であれば、表側に力強い「阿吽(あうん)の仁王像(金剛力士像)」が立っていて、

裏側には何もいないか、別の守護神がいることが多いです。しかし、高安寺の山門は一味違います。山門の正面には、筋肉隆々で迫力満点の仁王像が睨みを利かせていますが、その真後ろ(背中合わせ)に回り込むと、色彩豊かな「地蔵菩薩」と、世にも恐ろしい姿をした「奪衣婆(だつえば)」の像が安置されているのです。

地蔵菩薩と奪衣婆

「えっ、山門の裏に奪衣婆がいるの!?」と、仏像マニアや寺院巡りファンが驚く隠れた見どころとなっています。地獄の裁判官「閻魔大王」と連動する世界観。仏教の世界、特に「十王(じゅうおう)信仰」において、人間が死んだ後に赴く冥土(めいど)の旅にはいくつかの関所があります。高安寺の山門の裏にいる面々は、まさにその「死後の世界」をダイレクトに表現しています。奪衣婆(だつえば): 三途の川のほとりで亡者を待ち受け、衣服を剥ぎ取る老婆の鬼。剥ぎ取った衣を「衣領樹(えりょうじゅ)」という木の枝にかけ、その枝のしなり具合で「生前の罪の重さ」を測ります。俗に「閻魔大王の妻」とも言われる、地獄のファーストレディです。地蔵菩薩(じぞうぼさつ): 実は、地獄で人々を裁く閻魔大王の正体(本来の姿)は地蔵菩薩であるとされています(本地垂迹説)。地蔵菩薩は、地獄に落ちて苦しむ人々を救うために、自ら進んで地獄へ赴く慈悲深い仏様です。高安寺の山門裏は、「恐ろしい地獄の罪の計量(奪衣婆)」と、「罪人を救おうとする慈悲(地蔵菩薩)」が表裏一体となった、深い精神世界を表現しているのです。古くから府中周辺の庶民の間では、この高安寺の閻魔様や奪衣婆にお参りすることで、「病気平癒」や「子供の虫封じ」、そして「死後の安心」を祈願してきた歴史があるのです。

奪衣婆の顔に刻まれた皺とてもリアルです

まだある!高安寺の見逃せない歴史ロマン

高安寺の魅力は、地獄の世界観だけではありません。境内には、歴史の教科書でおなじみのあの英雄たちの伝説や、見どころがたくさんあるのです。

入り口にある、六地蔵尊

仏教では、すべての生命は生まれ変わりを繰り返し、その行いに応じて以下の6つの世界のいずれかに赴くとされています。地蔵菩薩は慈悲深い仏様であり、私たちがどの世界に落ちて苦しんでいても、それぞれの世界(六道)に姿を変えて現れ、救いの手を差し伸べてくれると信じられています。

弥勒菩薩像

弥勒菩薩は、お釈迦様(ブッダ)が亡くなった後、「56億7,000万年後」という果てしない未来の地球に現れ、お釈迦様が救いきれなかった人々をすべて救うとされている「未来の救世主」です。

ぼけ封じ地蔵

延命地蔵

弁慶が墨をすった!?

「弁慶硯の井(べんけいすずりのい)」本堂の裏手(墓地を抜けた先)には、木々に囲まれた古井戸の跡があります。これが有名な「弁慶硯の井」です。兄・源頼朝に追われ、奥州へ逃れる途中の源義経と武蔵坊弁慶の一行は、一時この高安寺(当時は前身の見性寺)に身を隠したとされています。その際、弁慶は義経の無実を訴え、神仏の加護を得るために「大般若経(だいはんにゃきょう)」というお経を一生懸命に書き写しました。その写経の際、井戸の水を汲んで墨をすったとされているのが、この古井戸なのです。今でも静かに水をたたえるその場所からは、主君を想う弁慶の荒々しくも切ない息遣いが聞こえてきそうなほどの臨場感があります。

藤原秀郷稲荷

平将門討伐の際、秀郷がこの地に軍陣を張り、戦勝を祈願して稲荷を祀ったのが始まりとされています。現在の高安寺の境内には、今も秀郷の館跡の伝承とともに、小さな祠が静かに佇んでいます。

府中・高安寺へのアクセスと参拝のコツ


最後に、実際に高安寺を訪れるための基本情報をまとめました。大国魂神社からも徒歩圏内なので、府中の歴史散歩コースとしてセットで巡るのがおすすめです。

基本アクセス
所在地: 東京都府中市片町2丁目4-1

最寄り駅:

京王線・JR南武線「分倍河原駅」から徒歩約5〜7分

JR南武線・武蔵野線「府中本町駅」から徒歩約10分

拝観料: 境内自由(無料)

おすすめの参拝ルート
総門(旧甲州街道側)から入り、厳かな参道を歩く。

山門の前で仁王像の迫力を味わった後、必ず「真後ろ」に回り込んで、奪衣婆のリアルな姿と地蔵菩薩をじっくり拝む。本堂・観音堂を参拝し、奥の墓地方面へ進み、弁慶硯の井。府中の高安寺は、単なる古いお寺という枠に収まらない、重厚な歴史のレイヤー(層)が重なった場所です。源義経と弁慶の悲劇、そして一歩間違えれば引きずり込まれそうな山門裏の「閻魔・奪衣婆の地獄世界」。これほど多くの物語が、駅からたった数分の場所にひっそりと息づいているのは、まさに東京・府中の奥深さと言えます。週末のひととき、ちょっと不思議でゾクッとする歴史ロマンを味わいに、高安寺の山門をくぐってみてはいかがでしょうか?

満月の神秘:日本の夜空に輝く6月の満月


2026年6月の満月は、6月30日(火)の午前8時57分に最大の瞬間(地球を挟んで太陽と月が真っ向から向き合う瞬間)を迎えます。

日本国内においては、この時間帯はちょうど太陽が昇っている「昼間」にあたるため、最大の瞬間そのものを肉眼で観測することはできません。しかし、満月の美しい姿を楽しむための最適なタイミングは、その前後である6月29日(月)の夜から30日(火)の明け方、あるいは6月30日(火)の日没後から深夜にかけてとなります。

この時期はちょうど梅雨のシーズンにあたりますが、雲の切れ間から覗く満月は、初夏の訪れを告げる神秘的な輝きを放ちます。

6月の満月は、一般的に「ストロベリームーン(Strawberry Moon:苺月)」の愛称で広く知られています。

由来は「イチゴの収穫期」
この名前は、かつて北米大陸の先住民族(ネイティブアメリカン)が、季節の移り変わりや農作業、狩猟の目安にするために各月の満月に付けていた名前に由来します。彼らにとって6月は、野イチゴの収穫シーズンを迎える短い、しかし非常に重要な時期でした。そこから、「イチゴが収穫できる時期の満月」という意味でストロベリームーンと呼ばれるようになりました。

よくある誤解:月がイチゴのようにピンク色になる?
「ストロベリームーン」という名前から、月がピンク色や鮮やかな赤色に染まると思われがちですが、これは「イチゴの収穫期」という意味なので、月自体の色がピンク色になるわけではありません。ただし、前述の通り「夏至直後で高度が低い」という天文学的理由から、赤みがかったオレンジ色に見えることは多々あります。

世界におけるその他の呼び名
地域や文化によって、6月の満月には様々な風情ある名前が付けられています。

ローズムーン(Rose Moon / 薔薇月): ヨーロッパでは、6月に見頃を迎えるバラの花にちなんでこう呼ばれることがあります。

ハニームーン(Honey Moon / 蜂蜜月): 6月が蜂蜜の収穫期であることや、高度が低くハチミツ色に見えることから名付けられました。結婚を意味する「ハネムーン」の語源の一つとも言われています。

ホットムーン(Hot Moon / 暑気月): 夏至を過ぎ、本格的な夏の暑さが始まる時期の満月であることを示しています。

 

【挑戦】総重量1.5kgオーバー!?ゴーゴーカレー「ダブルカツカレー特大」を完食!

みなさん、こんにちは!日々、美味しいものとデカ盛りのロマンを追い求めている「多摩三郎です」です。突然ですが、みなさんは無性に「濃い、ドロっとした、ガツンとくるカレー」が食べたくなる瞬間はありませんか?私はまさに昨日がその日でした。お腹と背中がくっつきそうなほどの極限状態の空腹。この野生的な飢えを満たせるのは、お洒落なカフェのスパイスカレーでもなければ、家庭的なマイルドカレーでもない。そう、漆黒のルーと圧倒的なボリュームを誇る、あの「金沢カレー」しかありません。というわけで今回は、金沢カレーの火付け役にして絶対王者である「ゴーゴーカレー」へと突撃してきました!しかも、ただ食べるだけでは面白くない。せっかくの極限空腹状態、頼むなら限界に挑みたいということで、メニュー表の中でひと際異彩を放つ「ダブルカツカレー特大(ファーストクラス)」に挑戦してきました!さらに、今回はそれだけでは終わりません。超濃厚なカツカレーを限界まで胃袋に詰め込んだ後、人間の身体はどうしても「甘くて冷たいもの」を欲するようにできています(異論は認めます)。その欲望に忠実に従うべく、食後は「ゴーゴーカレー」の向かい側にある「那須千本松牧場」へと移動しました。絶品の濃厚ソフトクリーム(カップ)でシメるという、総カロリー完全無視の贅沢&限界突破ツアーを決行!その激闘の全記録を余すことなくお届けします!これを読めば、あなたも今すぐカレーとソフトクリームが食べたくてたまらなくなるはず。ぜひ最後までお付き合いください!

黄色い看板の誘惑 ゴーゴーカレーという名の聖地へやってきました、

お馴染みの黄色い看板にゴリラのマーク。このビジュアルを見るだけで、口の中がすでにあの濃厚なソース風味のルーを迎え入れる準備を始めてしまいます。ゴーゴーカレーの魅力は、なんと言ってもその独特な「金沢カレー」の定義を完璧に守り続けている点にあります。ルーは濃厚でドロっとしている。付け合わせとしてキャベツの千切りがのっている。ステンレス製の舟形のお皿に盛り付けられている。フォークで食べる。ルーの上のカツには、ソース。さらに好みでマヨをかける、日本のカレー文化の中でも独自の進化を遂げたストロングスタイル。これこそが、腹ペコ男子・女子の心を掴んで離さない理由です。

券売機との対峙。選ぶは最高峰「ダブルカツカレーの特大」店内に一歩足を踏み入れると、カレーの香ばしいスパイスの香りと、カツが揚がる心地よい油の音が五感を刺激します。一気に加速する空腹感。すぐさま券売機に向き合いますが、本日の予定としては、「メジャーカレーの特大」に挑戦するつもりでしたが、なぜかSold out(開店と同時だったので準備が出来ていなかったのだと思います)。仕方がないので、「ダブルカツカレー特大」に変更しました。ライスの量は、特大なのでご飯の量はなん「520g」!これに、なみなみと注がれる濃厚ルーが合わさり、さらに今回は「ダブルカツカレー」ですから、大ぶりのトンカツが贅沢に2枚。キャベツも含めると、総重量は優に1.5kgを超える計算になります。デカ盛り界隈では「1.5kg」からが本番と言われています。一瞬、「ビジネスクラスにしておこうか……」というヘタレな考えが頭をよぎりましたが、今日の私の胃袋は「本気(マジ)」です。「ポチッ」迷いを断ち切るように、【ダブルカツカレー 特大】のボタンを力強くプッシュ。食券の代わりの呼び出しブザーを握りしめ、テーブル席へと陣取りました。

なんと呼び出しブザーの番号がなんと「1」。本日最初のオーダーと言うことですね。

 

テーブルに着席して、約8分ほどでブザーが鳴り、破壊力のある「ダブルカツカレー特大」を受け取ります。目の前に現れたのは、もはや「皿」と呼ぶには大きすぎる、ラグビーボールのような形をした巨大なステンレス皿。そしてその上に鎮座する、ご飯の山を完全に覆い尽くすほどの漆黒のルーと、黄金色に輝く2枚の巨大なトンカツ。あまりのビジュアルの凶悪さに、思わず生唾を飲み込みました。横に添えられたキャベツの千切りが、まるでこの岩山に挑む登山客を守る「一服の清涼剤」のように見えます。特筆すべきは、やはりこのカツの美しさ。ゴーゴーカレーのカツは、注文を受けてから1枚1枚丁寧に揚げられているため、衣が信じられないほどサクサクです。その上から、これでもかと言わんばかりにとろみのある特製ソースが美しく格子状にかけられています。フォークを持ち、いざ、この1.5kgオーバーの牙城へ攻め込みます!今日は、秤を持参したので重さを測ってみました。

ちなみに、私と同行した娘は、チキンカツカレーの中盛り(エコノミー)でチーズのトッピング付き。

秤から、これから各々挑む!!ダブルカツカレー特大とチキンカツカレーの中盛り(エコノミー)を下ろして、戦いの開始です。美味しい「揚げたてカツ」と「濃厚ルー」のコンビネーションからいただきます。

10:25 カツを一切れフォークで突き刺し、ルーをたっぷりと絡めて口の中へ。「サクッ……ジュワァァァ……!!」美味い!!美味すぎる!!衣の圧倒的なクリスピー感の後に、豚肉のジューシーな旨味が広がります。そしてそれを包み込むのが、ゴーゴーカレーの命とも言える、55の工程を経て5時間かけてクセになる味に仕上げ、55時間寝かせて熟成させたという特製オリジナル・ルー。このルー、一般的なカレーとは全く異なります。スパイスの辛さよりも、野菜や肉の旨味が極限まで凝縮された「コク」と「甘み」、そしてどこかデミグラスソースを思わせるような濃厚な深みがあるのです。これが、少し固めに炊き上げられたライスに信じられないほどよく合う。カツ、ライス、ルー。この三位一体の攻撃に、私の右手はマシーンのように動き続けます。

10:28 ごはんは、ほぼ完食・カツは半分以上胃袋に吸い込まれています

ここで、再び秤の登場です(笑) この辺りで普段であれば、「……重い。急にズシッときたぞ。」これぞデカ盛り特有の現象が現れ、蓄積された油分と、ルーの超濃厚な塩気が、胃袋に確実にダメージを与え始め、ご飯の量(520g)に対して、カツ2枚という「脂質」の暴力が、満腹中枢を容赦なく刺激してくるのですが、この日は異変が訪れることもなく・・・

10:33 完食。普段であれば、キャベツのおかわりが無料(※店舗による)という神ルールを、利用させてもらいキャベツの援護射撃により、再び食欲の火が灯り完食するのですが、キャベツのお替りもなく終了のゴングを聞きました。最後の水をぐっと飲み干し……。「ごちそうさまでした!!!」見事、ダブルカツカレー特大、一粒残さず完全完食です!達成感と同時に、凄まじい幸福感が身体を駆け抜けます。時間は約8分。やりきりました

忘れてました。キャベツのほかにも卓上に用意されている「福神漬け」があります。ゴーゴーカレーの福神漬けは、着色料控えめの自然な味わいで、程よい酸味と甘みがあります。これを残ったルーとライスの上に大量に投下!「ポリポリ」とした食感のアクセントと、心地よい酸味が加わることで、カレー全体の表情がガラリと変わります。味変(あじへん)が可能です。

器の重さ表示できませんでした。

娘の食べ終わるのを待ち、ゴーゴーカレーの向かい側にある、那須千本松牧場へ。お腹はまだパンパンですが、「スイーツは別腹」という人類史上最高の格言を信じて疑わない、ふたりは「千本松牧場ソフトクリーム」を購入しました。

私は、とちおとめソフトのカップ

娘は、黒みつきなこソフトのこれまたカップ

あえて「コーン」ではなく「カップ」を選択しました。なぜか?理由は至ってシンプルです。さきほど1.5kgのカレーとカツを完食したばかりの胃袋にとって、コーンの小麦粉の重さすら、今は計算に入れる必要があるからです(笑)。冗談はさておき、カップを選ぶことで、コーンの味に邪魔されることなく、牧場自慢の「純粋なミルクの味」をストレートに、そしてスプーンで一口ずつゆっくりと味わいたいというこだわりもありました。

スプーンで、そっとひとすくい。口の中へ。「……っ!! なにこれ、信じられないくらい滑らか……!」口に入れた瞬間、体温でスッと淡雪のように溶けていきました。そして広がるのは、ガツンとしたしつこい甘みではなく、驚くほど爽やかで、かつディープな「本物のミルクのコク」。信じられないことに、これだけ濃厚なのに、後味が驚くほどサッパリしているのです。体重計に乗るのが今から恐ろしいですが、美味しいものを限界まで食べられる健康な身体に感謝です。ゴーゴーカレーさん、そして那須千本松牧場さん、最高の味をありがとうございました!みなさんも、ぜひ自分なりの「限界突破グルメツアー」を計画してみてはいかがでしょうか?それでは、今回のブログはここまで!

余談ですが、6/29の出来事で、7/1(明日です)が生活習慣病の検査なのです。どんな結果になるのかちょっと不安(大笑)

 

新緑と木漏れ日を抜けて。青梅丘陵の三方山から歴史薫る軍畑駅へ、大満足の縦走ハイキング!

 

概要

青梅丘陵のなかでも、静かな奥深さと低山ハイクの醍醐味がギュッと詰まった「三方山(みかたやま)」から「軍畑(いくさばた)駅」へと向かう縦走ルート。東京近郊でありながら、豊かな針葉樹林と時折のぞく奥多摩の山々の大パノラマを楽しめる、大満足の山歩きをたっぷりとお届けします!

青梅丘陵といえば、永山公園から始まる整備されたハイキングコース(通称・ハイキング専用道)が有名ですが、今回ご紹介するのはそのさらに奥。標高454メートルの「三方山」を踏み、そこから奥多摩の入り口である「軍畑駅」へと下る、少しステップアップした縦走ルートです。

「いつものお散歩コースじゃ物足りない」「もっと静かな山歩きがしたい!」という方にぴったりの、歩きごたえ抜群な山行記録をじっくり1カットずつお届けします。

 タイムスケジュール


まずは今回歩いたルートの全体像から。三方山は、その名の通り「三方向へ尾根が分かれている」「三つの地域の境界」という由来を持つ、地理的にも面白い山です。ここから軍畑駅へ向かう道は、これまでの平坦な遊歩道とは一変し、本格的な「登山道」の表情を見せてくれます。

【コースタイム】

05:49 永山公園駐車場

06:23 矢倉台

06:59 三方山

07:13 マスガタ山

07:22 名郷峠

07:31 辛垣山

07:49 雷電山

08:13 青梅丘陵ハイキングコース入り口

08:33 軍畑駅

コース

ここからは、実際の道中の様子を臨場感たっぷりにお伝えしていきます!三方山を出発すると、これまでの整備された広い道とは雰囲気がガラリと変わります。
足元には木の根が複雑に絡み合い

時折、一服の清涼剤 のように開けた場所が現れます。遠くに見えるは独特な山容を見せる大岳山。

ここで、ハイカーへのワンポイントアドバイス
三方山以降はスニーカーではなく、しっかりとしたソール(靴底)のトレッキングシューズの着用を強くおすすめします。一気に「山の呼吸」が濃くなるエリアです。ただし景色を楽しむ時間は短く、急な登り

登り切っ先は、マスガタ山・・・マスガタ山=桝形山なのでしょうか?ここで、Gemini君に聞いてみました。もちろん、Gemini は AI であり、間違えることがあります。が一応書いておきます。参考程度にとどめておいてください。

●城郭の防衛構造「枡形虎口(ますがたこぐち)」説
日本の城郭建築において、敵の侵入を阻むために城門の内側または外側に作られた、四方を高い土塁や石垣で囲んだ四角い空間のことを「枡形(虎口)」と呼びます。敵が直進できないようにクランク(折れ曲がり)状の通路にし、その四角い空間に誘い込んで上から一斉に攻撃する、いわば「死のポケット」のようなトラップ構造です。
マスガタ山にある城跡には、このような四角い空間や、尾根を断ち切る鋭い「堀切(ほりきり)」といった複雑な防御遺構がしっかりと造り込まれていました。この城の構造そのものが「枡形」の由来になったという説が有力です。

●山頂の「地形」が四角い枡(ます)に似ていた説
もう一つの説は、山の形状そのものに由来するというものです。お米や液体を計る木製の四角い道具「枡(ます)」のように、山頂付近が平坦で四角い形(曲輪・郭と呼ばれる城の平地)をしており、周囲が崖のように急斜面になっている様子が「枡」に似ていたため、古くからその名で呼ばれたという説です。

【歴史の余談:軍畑の由来とも繋がる場所】
三田氏はその後、迫り来る北条氏の軍勢と激しい戦いを繰り広げ、辛垣城や枡形山城は落城しました。この時の激戦地となったのが、登山口としても知られるJR青梅線の**「軍畑(いくさばた)駅」**周辺です。文字通り「戦(いくさ)のあった場所(畑)」という意味が、今も地名として残されています。

マスガタ山から道は、大きく下ります

下り切ると道は落ち着きを見せて、鉄塔脇の緩やかな道を進み

登り切った先は、下りになります。そして下り切った先は、二俣尾駅に下ることのできる分岐になります

そしてこの分岐の、少し先は名郷峠(長尾峠)。標高は387米になります。名前の由来は2説あるようなので、書いておきます

●「名主の住む郷」または「中心となる村(本郷)」
古くから「名(な)」という漢字は、開墾された土地(名田)や、その土地を管理する有力者(名主)を指す言葉として使われていました。また、周囲の小さな集落に対して、その地域の中心的な役割を果たす集落を「名郷」や「本郷」と呼ぶ習わしがありました。成木谷の山間にありながら、古くから拓けた中心的な集落であったことを示していると考えられます。

●「長尾(ながお)」の音が変化した説
山岳地帯の地名によくあるケースとして、長く伸びた尾根の末端や、なだらかな傾斜地を指す「長尾(ながお)」という言葉が、時代とともに「なごう」と音が変化し、「名郷」という漢字が当てられたという地形由来の説です。実際、一部の古い登山記録や地図では、この名郷峠を「長尾峠(ながおとうげ)」と併記しているものもあり、この2つの言葉が根っこで繋がっていることを裏付けています。

さらに進むと、歴史好きにはたまらないスポットの案内板が見えてきます。それが「辛垣(からかい)城跡」への分岐です。辛垣城は、戦国時代にこの地域を治めていた三田氏が、小田原北条氏の侵攻に備えて築いたとされる山城の跡。現在は石垣などの派手な遺構が残っているわけではありませんが、険しい岩場や尾根の形状をそのまま防御に利用した、当時の「戦の生々しさ」を地形から感じることができます。城跡周辺はかなりの急勾配と岩場が続くため、足元には十分注意してくださいね。

入り口の標識の通り急坂が現れます

急坂を登り切ると、両脇に石が積み重なり道幅が狭くなります。これは攻め手が横に広がって攻めてこられないように考えて作られた場所なんでしょうか

辛垣城跡に到着しました。ここで少し辛垣城について書いてみます

① 辛垣山の概要と地形
辛垣山(標高457m)は、青梅丘陵の中でも西側に位置し、隣の「雷電山(標高494m)」と並んで同丘陵の最高峰エリアを形成しています。
一見、静かな奥多摩の前衛峰といった佇まいですが、山の北方を除いた三方が急峻な斜面や谷に囲まれており、東西に走る尾根筋(青梅丘陵の主脈)を除けば、麓から見上げるとまるで円錐形のように突き出た、天然の要塞とも言える峻険な地形をしています。

② 戦国時代の悲劇の舞台「辛垣城(からかいじょう)」
この険しい地形に目をつけ、戦国時代に築かれたのが「辛垣城」です。
1550年代後半、この西多摩地域一帯を長年支配していた国人領主(豪族)である三田綱秀(みた つなひで)によって築城されました。三田氏はもともと東青梅にある「勝沼城(師岡城)」を本拠地にしていましたが、小田原から勢力を拡大してきた戦国大名・後北条氏(北条氏照ら)の侵略の脅威が迫ったため、より険しく防御力の高いこの辛垣山に、一族の命運をかけた最後の砦(西城とも呼ばれた)を構えたのです。

永禄4年(1561年)〜永禄6年(1563年)頃、北条軍の大軍がこの山に攻め寄せました(辛垣の戦い)。三田氏は天険の要害に籠城して激しく抵抗しましたが、圧倒的な兵力差の前に落城。三田綱秀は岩槻(現在の埼玉県さいたま市)へ逃れた後に自害し、鎌倉時代から続いた名門・三田氏はここで終焉を迎えました。

この平たんな場所から少し登ると

辛垣山に到着

辛垣山から、急ではない下りを下っていくと、青梅駅側からハイキングコースを歩いてくると、辛垣山の山頂(城跡)へと直登する急な坂道、もう一方は山頂を通らずに北側の斜面をフラットに迂回する「巻道(まきみち)」と道を合わさります。軍畑駅から歩いてくる道も辛垣山に至る道も急坂になっていました。

木段道を登っていくと

道は、フラットになります。そろそろ足も疲れてきたのでありがたい道でした。このまま直進し、雷電山を目指したいところですが甘くないんです

雷電山の山頂が近づくにつれ、斜面は一段と険しくなり、ハイカーの行く手を阻むように急な木製の階段道が現れます。ここは一段一段の段差が大きく、息が上がる最初の難所です。浮き石や木の根に足を取られないよう、一歩一歩確実に登っていきます。

やがて道が落ち着き

雷電山への道標が現れます

雷電山到着。ベンチも数基あり休憩できますね。ここが青梅丘陵ハイキングコースの最高地点です。周囲は木々に囲まれていますが、北側の成木方向の山並みや、天気が良ければ奥多摩の山々を一部望むことができます。かつて辛垣城を守るための強力な西側の物見(見張り台)として機能していたであろうことが、この場所の高さから容易に想像できます。

ここまでくれば、あとは軍畑駅まで下れば楽勝だと思うでしょう。ところが、出だしこそ、急な木段道の下りが続きますが

ラスボスのような木段道の急な登り

この後は、再び下りとなります

ここからは急に周囲の気配が変わってきます。静寂の中に、遠くから「ゴー」という車の走行音が微かに響き始めるのです。これは、目指す榎峠の下を走る道路が近づいている証拠です。

尾根道の終点が見えてくると、それまでの土の道から、アスファルトで舗装された車道へと飛び出します。ここが「榎峠(えのきとうげ)」であり、長かった青梅丘陵ハイキングコースの事実上の終点(西側の登山口)です。

榎峠に出たら、ここからは完全な舗装路(都道193号線・下成木川辺線)歩きとなります。山道用の筋肉から、平地を歩くための歩幅へと切り替えます。
峠からしばらくは、両側を山に挟まれた緩やかな下り坂の車道を道なりに進みます。歩道が狭い、あるいは無い区間が多いため、背後や前方からやってくる車やバイク(特に週末はツーリングの車両が多い)に十分注意して歩きます。

下っていくと、道が少し開け、「平溝橋」という小さな橋の架かる大きな分岐点に差し掛かります。この分岐を右手(西側)へ曲がり、平溝川に沿って登っていくと、奥多摩の初心者向け超人気登山ルートである「高水三山(高水山・岩茸石山・惣岳山)」の登山口(高源寺方面)へと繋がっています。軍畑駅へ向かう場合は、この分岐を曲がらずに、そのまま都道193号線をまっすぐ南(道なり)へと進みます。

さらに歩いて行くと鉄橋が頭上に見えてきますが、手前を標識に従って右側の坂道(線路沿いの細い道)へと折れます。少し登ると、青梅線の線路を渡る小さな踏切が現れます。この踏切を渡れば、駅は目と鼻の先です。踏切を渡り、左手に小さな個人商店(ハイカー用の飲料や軽食を売っていることがあります)の向かい側がゴールの「軍畑駅」の駅舎になります。軍畑駅は無人駅で、木造風の落ち着いたデザインが施された、山間の小さなオアシスのような駅です。ホームからは、先ほどまで歩いていた青梅丘陵の深い緑の山並みを振り返って見上げることができます。ベンチに腰掛け、戦国武将たちの興亡に思いを馳せながら、東京方面、あるいは奥多摩の奥地へと向かう電車の到着を待ちましょう。


これでこの章は終了です。



ハイキングコース紹介: 青梅丘陵から軍畑駅へ

 

概要

【奥多摩の玄関口】青梅永山公園から青梅丘陵を縦走し、軍畑駅へ。11kmの爽快ハイキング完全レポート!こんにちは!週末ハイカーの皆さん、いかがお過ごしでしょうか。「今週末はちょっと足を延ばして自然に癒やされたい。
そんな気分のときにぴったりな、都心からのアクセスも抜群な極上のハイキングコースをご紹介します。今回歩いてきたのは、東京都青梅市にある「青梅丘陵(おうめきゅうりょう)ハイキングコース」。

尾根伝いに緑豊かな丘陵地帯を縦走して、軍畑(いくさばた)駅へと抜ける全長約11kmのルートです。前半はスニーカーでも歩けるほど綺麗に整備された遊歩道、後半は心地よい土の感触を味わえる本格的な登山道と、一つのコースで二つの表情を楽しめるのがこのルートの最大の魅力。
今回歩いたルートの基本情報とアクセスをおさらいしておきましょう。

ルートデータ歩行距離: 約11km所要時間: 約3時間半〜4時間(休憩時間を除く)難易度: 初級〜中級(前半は初心者向け、後半は緩やかなアップダウンのある登山道)公共機関を利用すると 青梅駅 ➔ 永山公園 ➔ 矢倉台 ➔ 辛垣城跡(からかいじょうあと) ➔ 雷電山(らいでんやま) ➔ 榎峠(えのきとうげ) ➔ 軍畑駅

(行き・帰り)【往路】 JR中央線・青梅線・立川駅から青梅線に乗り換え、「青梅駅」下車。新宿駅から快速や特快を利用すれば、約1時間〜1時間15分で到着します。【復路】 ゴール地点の「軍畑駅」からJR青梅線に乗車し、立川・新宿方面へ戻ります。尾根伝いに緑豊かな丘陵地帯を縦走して、軍畑(いくさばた)駅へと抜ける全長約11kmのルートです。前半はスニーカーでも歩けるほど綺麗に整備された遊歩道、後半は心地よい土の感触を味わえる本格的な登山道と、一つのコースで二つの表情を楽しめるのがこのルートの最大の魅力。車を利用する場合は永山公園の駐車場を使用できます。

足跡

グラフ

所用時間等(カシミールデータより)

距  離 沿面距離 所用時間 累積標高(+) 累積標高(-)
10.626㎞ 10.183㎞ 2:44:46 661m 654m

 

コース

まずは駐車場に車を停めて、登山靴に履き替えます。永山公園は、広大なグラウンドやテニスコート、そして「青梅鉄道公園」が隣接する、地元の人々の憩いの場。
AM:5:58分、ここから本格的なハイキングコースが始まります。公園の脇から伸びるトレイルに一歩足を踏み入れると、ひんやりとした森の空気に包まれました。

コース前半道幅が非常に広く平坦です。地元の方々が犬の散歩をしていたり、トレイルランナーが軽快に駆け抜けていったりと、非常にオープンで明るい雰囲気が漂っています。道中には等間隔で休憩用のベンチや、

簡易トイレが設置されているのも嬉しいポイント。ただ

あんまり期待はしないでね

これなら体力に自信のない初心者の方や、小さなお子様連れのファミリーでも安心して歩くことができますね。頭上を覆う杉やヒノキの巨木の間から、きらきらと木漏れ日が差し込みます。深呼吸をすると、都会では味わえないクリアな木の香りが胸いっぱいに広がり、歩いているだけで日頃のストレスがすーっと溶け出していくようです。緩やかなアップダウンを繰り返しながら、道幅の広い快適な遊歩道をサクサクと進んでいくと、

矢倉台休憩所へとつづく分岐が出てきます

やや急な道を登っていくと

AM 06:35 (矢倉台)物見櫓跡に到着!ここが最初のハイライト、矢倉台(やくらだい)です。標高は約383m。

物見櫓 (矢倉台)は、辛垣城 (別名西城)から南東約三キロメートルに位置し、かつてこの地を治めていた豪族・三田(みた)氏が、敵の侵入を見張るための「物見櫓(ものみやぐら)」を建てていたとされる歴史ある場所です。矢倉台の周辺には屋根付きの東屋(あずまや)やベンチが設置されています。スタートからちょうど37分が経過し、少し汗をかいた体を休めるには絶好のスポットです。ここで一度水分補給をして、持参したおやつをつまみながら景色を楽しみましょう。

矢倉台を過ぎると、それまでの「お散歩コース」から、徐々に「山の道」へとグラデーションのように雰囲気が変わっていきます。道幅は少しずつ狭くなり、足元も舗装されたような平坦な道から、木の根が露出した土のトレイルへと変化。ハイキングらしいワクワク感がさらに高まってきます!

青梅丘陵の尾根筋を忠実にたどるルートのため、右側(北側)からは成木の谷からの涼しい風が吹き抜け、左側(南側)からは木々の隙間から時折、青梅線の走る街並みが垣間見えます。次に目指すのは標高454mの三方山(みかたやま)。

AM 06:55 一旦あたりが開けた場所に出ます。

さらに7分後にある、分岐。見落とさないように注意しましょう

この分岐から急な登りが現れます。ほんのわずかですが・・・


雷電山・軍畑駅方面の標識から3分ほど歩くと三方山方面の標識

ひと登りすると

AM 7:12 三方山到着

三方山の由来を調べてみると、こんなことがわかりました。「三方向へ尾根が分かれていること」、あるいは「三つの村(地域)の境界に位置していたこと」と言われています。この山は、青梅市街地、成木地区、黒沢地区の3つのエリアの結節点にあたり、それぞれの方向へ道や尾根が伸びる地理的な特徴を持っています。古くから地域の境界や交通の要所として認識されていたことが、その名に刻まれています。

三方山から道は、やや急な下り道となります

下り切った先は、先ほどの三方山の分岐から伸びる道と合流します。標識の下に三方山と書かれてあるので、軍畑駅方面から歩いてくるハイカーはここから三方山に登るほうがわかり易そうですね


ここから道は、適度なアップダウンが続くため、ふくらはぎに心地よい刺激を感じながら、一歩一歩リズミカルに歩みを進めていきます。

今日はこの辺で

ツキノワグマ狩猟再開への検討

地元紙の西多摩新聞に寄りますと・・・・

警視庁が「熊駆除対応プロジェクトチーム(PT)」を設置するそうです。

青梅署

五日市署

福生署

八王子署

高尾署

南大沢署

の6署と警視庁本部で構成し、自治体による緊急銃猟が困難な場合には、警察官によるライフル銃での対応も担う。都は、16日保護対象として2008年から禁止しているツキノワグマの狩猟を、来年度から20年ぶりに限定解禁する方針を固めた。今年に入り、西多摩地域や八王子市などで出没件数が増加していることを受けたもので、捕獲数の管理や生息域のすみわけを図る管理計画の策定を進める。

 

さらに、石原環境相は12日の記者会見で、全国で初めて統一的な手法によるクマの個体数調査を実施する方針を明らかにしました。

これはあくまで私見ですので、ご容赦願いたい。お役所のやることはいつも来年度からって多くありませんか?もちろん、クマゾーンに突入する、ハイカーが悪いと言われてしまうと何も返す言葉はありませんが・・・・ここのところ、山だけでなく市街地でも目撃情報が多く、とにかく早く対応してほしいですよね。